今は大手製薬会社として世間に名が知れている【宮下製薬会社】が経営を始めた場所がこの工場からだったのだと言われている。当時はこの小さな工場で少人数で経営していたらしいが会社の名前が大きくなるにつれ、事業所を新しく建て直しこの場所は使われなくなった。
門の前で見上げると、木や雑草が鬱蒼と生い茂っている。空に曇り風が出てきて、木々がざわざわと揺れている。門には鍵がかかっておらず、手で押すとなんなく開いた。
「お邪魔します~」
リリィは小声で言い、中に入ってゆく。後を追って夕凪、そして郁も足を踏み出した。
窓ガラスは粉々に割れており、残置されているカーテンは半分だけずり落ちていた。
「あのドア」
夕凪は階段の裏側にドアがついているのを見つけつぶやいた。
階段の幅から察するに、物置ではないかと考えた。
夕凪がノブをドアが開いた。地下に向かって階段が続いている。底の方は暗くてよく見えない。まるで底なし沼のように冷たい空気が皮膚に纏わりつく。
明かりがないため、手で壁を確かめながら歩みを進めていく。ふと、先頭歩くリリィが歩みを止めた。
「…微かだけど血の匂いがする」
さらに下りていくと突き当りに重たそうなドアが見え、下りていくにつれ匂いが郁でもわかるくらいになってきた。
「血は好物でも、この匂いは嫌いね」
夕凪はそうつぶやくと、リリィに「あれ持ってきた?」と言った。
「OK!ちゃんと持ってきてるよ~!」
そう言うと次の瞬間、服のファスナーに手をかける。
「肌身離さずって言われたから、服の中に入れておいたの~、でも動いてたらどんどん下の方にいっちゃってね…」
今回のリリィの服装はライダースーツだった。郁は目のやり場に困り、目を瞑りそっぽを向いた。
「やばいな、全部脱がないと取れないかも~!夕凪ちゃんどうしよ~」
「じゃあ、脱げばいいじゃない」
「いやいや、さすがにこの場は駄目でしょう?俺一応…男なんですけど」
「…何を想像してんだか。変態。こんな暗闇でリリィの裸体が見えるわけないでしょうが。見えたらラッキー程度に思ってればいいのよ」
「夕凪ちゃんが言うなら、全部脱いじゃおう」
ジジジッとファスナーの音がする。
「…ん、あ、服が肌に張り付いててうまく脱げないな~…あんっ、ファスナー胸のあたりで引っかかっちゃったよ~」
「…めんどくさいから、刀で服切り裂いていい?」
「ひゃっ、冷たい…ん、あ…っ あ、取れた取れた!それじゃあ、垂らすね~床でいいかな?」
「ごめ、夕凪ちゃん。リリィは何を垂らすんでしょうか…?」
「ああ、部屋が暗いと見つけられるモノを見落とすかもでしょう。だから液体を他の固体に垂らすと垂らした場所が発光して明るくなる物質リリィに持ってきてもらったの」
「ってことはラッキー通り越して、リリィの裸体を見られる…っ見てしまうってことですよね?ちょ、まってリリィ!俺準備がまだ!!」
ぽたっ、
リリィはコンクリートの床に液体を垂らした。垂らした場所からみるみるうちに光明るくなが広がっていく
明るくなるにつれ、リリィが視界に映り出す。リリィは裸体ではなく薄ピンクの下着姿になっていた。
「…リリィ、とりあえず俺の上着羽織ってください」
「えー、下着姿の方が動きやすい、「お願いします」
「…はーい」
「鼻血拭け、変態」
夕凪はそっと、ティッシュを郁に差し出した。
リリィ、Gカップでした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
ギギギー…ッ、鈍い音を立てながらドアが開く。生ぬるい熱気と血なまぐさい匂いがし、郁は手で鼻を覆う。
「1人や2人程度じゃないな…リリィ」
「はいはーい」
リリィは先ほどの発光する液体をばら撒く。ばら撒かれた場所からどんどん明るくなって部屋の全体が見えてきた。
「なんだよ、あれ」
視界に映ったものは少女たちの死体の山だった。
周りには大量注射器がばら撒かれ、部屋の奥には手足を固定する器具や手術台が置いてあった。
「死体の腐敗具合からして、一番古くて2、3前か…郁?」
「…夕凪ちゃん、変なこと言ってもいいかな」
「手短に」
「…腐敗してる人はわからないけど、みんな同じ顔なんだ。襲ってきたデッドに」
「…鹿山真由」
「お嬢さん方はどこから入ってきたのかな?」
後ろのドアがバタンと大きな音をたて、閉まった。
入口の方からスーツに身を包んだ30代後半の女が近づいてくる。その顔には覚えがあった。
「宮下製薬会社 代表取締役の宮下智尋(ミヤシタ チヒロ)さん。なぜここに貴女が?」
「男には興味ないの。話しかけないでちょうだい」
宮下は怪訝そうに郁を見て、言い放った。
「…お前、人間か…?」
「…あら、なんで疑問形なのかしら?私はちゃんとした人間よ?」
かつんかつん、とヒールの音を立てながら宮下が近づいてくる。
リリィが夕凪の前に立つと、宮下も歩みを止めた。
「あら、そんなに怖い顔しないでちょうだいよ。可愛い顔が台無しじゃない?」
郁からはリリィの表情が見えない。
「私は元々研究員でね、会社も大きくなってトップになってもよく他の研究員に隠れてここで人体研究していたものだよ」
「生命は常に進化し続けている。脳の活動制限だってもしかしたら10パーセント以上を引き出せる人間が作れるかもしれないと、そう思ったんだよ…」
人体実験はモルモットから人間へ、自分の娘へと変わっていった。そう、宮下はつぶやいた。
「真由は、再婚した男の連れ子だったわ。あの子が言うのお母さんの役に立ちたいからなんでもするよって何も考えてない無邪気な顔で」
「…仮にも自分の娘だろ?なんでそんなことができるんだ!?そんなのただの虐待だ」
「所有物だからよ。実験をしたモルモットと一緒よ」
宮下の志向が理解できない郁はただ拳を握り、怒りを抑えるしかなかった。
「…話にならないな。悪いがお前の歪んだ志向には興味ないんだよ。ただの人間がデッドの知識をどこで手に入れたか知らんが、」
夕凪は腰の刀に手をかける。
「拘束して洗いざらい吐いてもらう」
「拘束されるのはお嬢さんあんたたちだよ。真由!」
次の瞬間、後ろを見ると少女が郁たちの腕を拘束していた。死体の山に生存者がまぎれ混んでいたのかもしれない。
「あの日、この研究室に神父服に身を包んだ人たちが訪れた。最初はびっくりしたよこの場所は私しか知らないからね。
その者たちは私の志向を理解してくれたよ。そして一瓶の薬を置いていった。その薬を真由に飲ませたら、何が起こったと思う?」
人間は生命の危機を感じると、生を残すため子孫を残す。だが、真由は細胞を分裂させ自分のコピーを作りだした。
大量のコピーを作り出した真由は息絶え死んだという。
「何人か体をいじっては息絶えていったよ。たとえば餓死状態にしてお互いを喰わせあったりね。お嬢さん達も我が子(モルモット)のもっと強い進化のために栄養源になってはくれないかな?」
「…強い進化のために犠牲になれと?笑わせないでくださいよ」
次の瞬間真由達が拘束していた腕が血しぶきをあげ床に落ちる。血しぶきが少しだけ頬に当たる。
そしてリリィは宮下の腹に拳を食い込ませる。骨が軋むいやな音がし、宮下が血を吐き膝をつく。
「…私貴方と同じ人知ってます。私その人を殺したんです。でも忘れられないくらい憎いんです」
リリィは宮下に拳をあげ、振り落とす。
「リリィ!!」
夕凪が声をあげると、拳は宙で止まる。
「落ち着け。そいつにはまだ聞きたいことがあるんだ」
「…そうだね、ごめん」
リリィは宮下を起き上がらせると後ろから腕を拘束する。
「痛いね…、そんなことしなくても逃げないさ。動いたら骨が臓器に刺さりそうだからね」
「郁。もうそいつらには拘束する力は残ってないらしいぞ」
「え、あっ、そう?」
夕凪に言われて見れば拘束する少女の力が弱まっている気がした。
「リリィが飛ばした真由の血に私の血を多少混ぜた。細胞に侵入して内部から破壊したからな。そいつらは多分あと数分で死ぬんじゃないか?」
夕凪は服のほこりを払うと宮下の目の前に立つ。
「さっき、神父服の集団がここに来たって言ってたたな。そいつらが置いていった薬はどこだ?全部使ってるわけがないよな?」
「ふ、なんでそんなことお嬢さん達に教える必要があるのかな?」
宮下は後ろで拘束されているにも関わらず、余裕のある表情で夕凪を見る。
「…仕方ないな。それなら直接理解するまでだ」
夕凪は髪をかき上げ、宮下の首筋に顔を近づける。そしを包み込むようにかぶりついた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「…まっずい」
夕凪は首筋から顔を離すと口を押えつぶやいた。
「…真由のオリジナルは本当に死んだのか?」
夕凪は虚ろな目をしている宮下に問いかける。
「…ICチップを埋め込んだ奴はいない。それなら誰がICチップを埋め込んだ?なんで一人だけ観察対象になった?そんな記憶この女には入ってない」
「それは、私が彼女の記憶を少々いじらせていただいたからかと」
いつの間にか郁の隣にはシスター服に身を包んだ10代くらいの少女が立っていた。
「お初にお目にかかります【ノアの箱舟】様。私は藍と申します」
眼鏡の奥の瞳は冷たく、郁は後ずさった。
「夕凪様が彼女から吸い取った記憶通り、今の彼女には偽の記憶を入れています。」
夕凪は腕を組み藍と名乗る少女を見る。
「どうゆうことか説明してもらおうじゃない」
「そうですね、とりあえず彼女はもう要りませんよね」
そう言うと、宮下は次の瞬間苦しみだす。
「彼女の体内に神経毒を入れました。体中がしびれだして時間がたてば心臓が停止します」
宮下は少しずつ動きがなくなり、遂にはぴくりとも動かなくなった。
「さて、彼女が娘の真由に薬を飲ませたところまでは本当です。真由は副作用で人格をなくしてしまったので別人格データをこのICチップに入れました。自分は研究室で生まれて人体を弄ばれた挙句、研究員の監視下に置かれ生活しているというオプションをつけて外に出しました。まあ、それはあなた方に倒されたデッドなんですが」
「…真由の細胞を使って何匹かデッドを作ったのか?それがこの死体だっていうならわからなくもない」
夕凪は真由達の死体の山に目を向けるとそうつぶやいた。
「ご名答です。医学等の知識がなかった為、彼女(宮下)には働いてもらいました。ですがどうも彼女の志向が歪んでいたもので、全滅しましたけど…」
「…目的はなんだ?なんで大量のデッドを作り出そうとした」
「…それは教えられません。言う必要はないかと」
「情報を漏えいしないよう口止めでもされているのか。何をしようとしてるんだお前ら…?」
リリィは拳を構え、少女に向かって距離を縮める。しかし少女は袖の下からカードを取り出すと、突然少女と夕凪たちの間に水の壁がはだかる。
「…今はウルフと手合わせする気はうちらにはないんでね。ここは引かせていただきますよ」
少女は宮下の死体を担ぎ姿を消すと、するとみるみるうちに水がはけていく。
「夕凪ちゃん、ごめん逃がした」
「簡単には捕まらないのは分かっていたし、今回はしょうがないだろ」
夕凪はため息をつくと、スマホをいじり耳にあてた。
「…あ、ラヴィさん?やっぱりあいつらが絡んでた。うん、あいつらが宮下智尋に渡したっていう薬だけど宮下の自室の戸棚に入ってる。回収と分析お願いします」
夕凪は電話を切るのを確認し郁は口を開いた。
「…あいつらって誰だよ。敵はあの化物じゃないのか?あの女の子どう見ても化物には…!」
「私たちをよく思ってない奴らもいるってことだ。あの少女も多分その一人だろうな初めて会ったが」
「あの子以外にも何人かいるってことかよ・・・」
郁は手のひらに嫌な汗を感じた。
「詳しいことは薬の分析が終わってからだ。帰るか」
すたすたと出口に向かう夕凪を追いかけ、郁達も出口に向かう。
「そういえば、ウルフって聞こえたけどさウルフなんてどこにも…」
「それ私だよ。私人狼なんだ。…郁くんさっきはごめんね」
「え」
「私さっき感情が制御できなくて、周り見えなくなっちゃうんだ。恥ずかしいところ見せてごめんさい」
リリィは困ったように笑う。郁は思わず言葉に詰まる。リリィの過去に何があったのかは知らない。ましては今の自分にはどう言葉に表せばよいか迷っていた。
「俺は…今のリリィしか知らないから。今ここに一緒にいるリリィしか。それじゃ、駄目かな?」
「ううん。ありがとう郁くん。よーし、気を取り直してがんばろ~!」
リリィはそういうと夕凪に向かって小走りにかけていき、郁も後を追った。
門の前で見上げると、木や雑草が鬱蒼と生い茂っている。空に曇り風が出てきて、木々がざわざわと揺れている。門には鍵がかかっておらず、手で押すとなんなく開いた。
「お邪魔します~」
リリィは小声で言い、中に入ってゆく。後を追って夕凪、そして郁も足を踏み出した。
窓ガラスは粉々に割れており、残置されているカーテンは半分だけずり落ちていた。
「あのドア」
夕凪は階段の裏側にドアがついているのを見つけつぶやいた。
階段の幅から察するに、物置ではないかと考えた。
夕凪がノブをドアが開いた。地下に向かって階段が続いている。底の方は暗くてよく見えない。まるで底なし沼のように冷たい空気が皮膚に纏わりつく。
明かりがないため、手で壁を確かめながら歩みを進めていく。ふと、先頭歩くリリィが歩みを止めた。
「…微かだけど血の匂いがする」
さらに下りていくと突き当りに重たそうなドアが見え、下りていくにつれ匂いが郁でもわかるくらいになってきた。
「血は好物でも、この匂いは嫌いね」
夕凪はそうつぶやくと、リリィに「あれ持ってきた?」と言った。
「OK!ちゃんと持ってきてるよ~!」
そう言うと次の瞬間、服のファスナーに手をかける。
「肌身離さずって言われたから、服の中に入れておいたの~、でも動いてたらどんどん下の方にいっちゃってね…」
今回のリリィの服装はライダースーツだった。郁は目のやり場に困り、目を瞑りそっぽを向いた。
「やばいな、全部脱がないと取れないかも~!夕凪ちゃんどうしよ~」
「じゃあ、脱げばいいじゃない」
「いやいや、さすがにこの場は駄目でしょう?俺一応…男なんですけど」
「…何を想像してんだか。変態。こんな暗闇でリリィの裸体が見えるわけないでしょうが。見えたらラッキー程度に思ってればいいのよ」
「夕凪ちゃんが言うなら、全部脱いじゃおう」
ジジジッとファスナーの音がする。
「…ん、あ、服が肌に張り付いててうまく脱げないな~…あんっ、ファスナー胸のあたりで引っかかっちゃったよ~」
「…めんどくさいから、刀で服切り裂いていい?」
「ひゃっ、冷たい…ん、あ…っ あ、取れた取れた!それじゃあ、垂らすね~床でいいかな?」
「ごめ、夕凪ちゃん。リリィは何を垂らすんでしょうか…?」
「ああ、部屋が暗いと見つけられるモノを見落とすかもでしょう。だから液体を他の固体に垂らすと垂らした場所が発光して明るくなる物質リリィに持ってきてもらったの」
「ってことはラッキー通り越して、リリィの裸体を見られる…っ見てしまうってことですよね?ちょ、まってリリィ!俺準備がまだ!!」
ぽたっ、
リリィはコンクリートの床に液体を垂らした。垂らした場所からみるみるうちに光明るくなが広がっていく
明るくなるにつれ、リリィが視界に映り出す。リリィは裸体ではなく薄ピンクの下着姿になっていた。
「…リリィ、とりあえず俺の上着羽織ってください」
「えー、下着姿の方が動きやすい、「お願いします」
「…はーい」
「鼻血拭け、変態」
夕凪はそっと、ティッシュを郁に差し出した。
リリィ、Gカップでした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
ギギギー…ッ、鈍い音を立てながらドアが開く。生ぬるい熱気と血なまぐさい匂いがし、郁は手で鼻を覆う。
「1人や2人程度じゃないな…リリィ」
「はいはーい」
リリィは先ほどの発光する液体をばら撒く。ばら撒かれた場所からどんどん明るくなって部屋の全体が見えてきた。
「なんだよ、あれ」
視界に映ったものは少女たちの死体の山だった。
周りには大量注射器がばら撒かれ、部屋の奥には手足を固定する器具や手術台が置いてあった。
「死体の腐敗具合からして、一番古くて2、3前か…郁?」
「…夕凪ちゃん、変なこと言ってもいいかな」
「手短に」
「…腐敗してる人はわからないけど、みんな同じ顔なんだ。襲ってきたデッドに」
「…鹿山真由」
「お嬢さん方はどこから入ってきたのかな?」
後ろのドアがバタンと大きな音をたて、閉まった。
入口の方からスーツに身を包んだ30代後半の女が近づいてくる。その顔には覚えがあった。
「宮下製薬会社 代表取締役の宮下智尋(ミヤシタ チヒロ)さん。なぜここに貴女が?」
「男には興味ないの。話しかけないでちょうだい」
宮下は怪訝そうに郁を見て、言い放った。
「…お前、人間か…?」
「…あら、なんで疑問形なのかしら?私はちゃんとした人間よ?」
かつんかつん、とヒールの音を立てながら宮下が近づいてくる。
リリィが夕凪の前に立つと、宮下も歩みを止めた。
「あら、そんなに怖い顔しないでちょうだいよ。可愛い顔が台無しじゃない?」
郁からはリリィの表情が見えない。
「私は元々研究員でね、会社も大きくなってトップになってもよく他の研究員に隠れてここで人体研究していたものだよ」
「生命は常に進化し続けている。脳の活動制限だってもしかしたら10パーセント以上を引き出せる人間が作れるかもしれないと、そう思ったんだよ…」
人体実験はモルモットから人間へ、自分の娘へと変わっていった。そう、宮下はつぶやいた。
「真由は、再婚した男の連れ子だったわ。あの子が言うのお母さんの役に立ちたいからなんでもするよって何も考えてない無邪気な顔で」
「…仮にも自分の娘だろ?なんでそんなことができるんだ!?そんなのただの虐待だ」
「所有物だからよ。実験をしたモルモットと一緒よ」
宮下の志向が理解できない郁はただ拳を握り、怒りを抑えるしかなかった。
「…話にならないな。悪いがお前の歪んだ志向には興味ないんだよ。ただの人間がデッドの知識をどこで手に入れたか知らんが、」
夕凪は腰の刀に手をかける。
「拘束して洗いざらい吐いてもらう」
「拘束されるのはお嬢さんあんたたちだよ。真由!」
次の瞬間、後ろを見ると少女が郁たちの腕を拘束していた。死体の山に生存者がまぎれ混んでいたのかもしれない。
「あの日、この研究室に神父服に身を包んだ人たちが訪れた。最初はびっくりしたよこの場所は私しか知らないからね。
その者たちは私の志向を理解してくれたよ。そして一瓶の薬を置いていった。その薬を真由に飲ませたら、何が起こったと思う?」
人間は生命の危機を感じると、生を残すため子孫を残す。だが、真由は細胞を分裂させ自分のコピーを作りだした。
大量のコピーを作り出した真由は息絶え死んだという。
「何人か体をいじっては息絶えていったよ。たとえば餓死状態にしてお互いを喰わせあったりね。お嬢さん達も我が子(モルモット)のもっと強い進化のために栄養源になってはくれないかな?」
「…強い進化のために犠牲になれと?笑わせないでくださいよ」
次の瞬間真由達が拘束していた腕が血しぶきをあげ床に落ちる。血しぶきが少しだけ頬に当たる。
そしてリリィは宮下の腹に拳を食い込ませる。骨が軋むいやな音がし、宮下が血を吐き膝をつく。
「…私貴方と同じ人知ってます。私その人を殺したんです。でも忘れられないくらい憎いんです」
リリィは宮下に拳をあげ、振り落とす。
「リリィ!!」
夕凪が声をあげると、拳は宙で止まる。
「落ち着け。そいつにはまだ聞きたいことがあるんだ」
「…そうだね、ごめん」
リリィは宮下を起き上がらせると後ろから腕を拘束する。
「痛いね…、そんなことしなくても逃げないさ。動いたら骨が臓器に刺さりそうだからね」
「郁。もうそいつらには拘束する力は残ってないらしいぞ」
「え、あっ、そう?」
夕凪に言われて見れば拘束する少女の力が弱まっている気がした。
「リリィが飛ばした真由の血に私の血を多少混ぜた。細胞に侵入して内部から破壊したからな。そいつらは多分あと数分で死ぬんじゃないか?」
夕凪は服のほこりを払うと宮下の目の前に立つ。
「さっき、神父服の集団がここに来たって言ってたたな。そいつらが置いていった薬はどこだ?全部使ってるわけがないよな?」
「ふ、なんでそんなことお嬢さん達に教える必要があるのかな?」
宮下は後ろで拘束されているにも関わらず、余裕のある表情で夕凪を見る。
「…仕方ないな。それなら直接理解するまでだ」
夕凪は髪をかき上げ、宮下の首筋に顔を近づける。そしを包み込むようにかぶりついた。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
「…まっずい」
夕凪は首筋から顔を離すと口を押えつぶやいた。
「…真由のオリジナルは本当に死んだのか?」
夕凪は虚ろな目をしている宮下に問いかける。
「…ICチップを埋め込んだ奴はいない。それなら誰がICチップを埋め込んだ?なんで一人だけ観察対象になった?そんな記憶この女には入ってない」
「それは、私が彼女の記憶を少々いじらせていただいたからかと」
いつの間にか郁の隣にはシスター服に身を包んだ10代くらいの少女が立っていた。
「お初にお目にかかります【ノアの箱舟】様。私は藍と申します」
眼鏡の奥の瞳は冷たく、郁は後ずさった。
「夕凪様が彼女から吸い取った記憶通り、今の彼女には偽の記憶を入れています。」
夕凪は腕を組み藍と名乗る少女を見る。
「どうゆうことか説明してもらおうじゃない」
「そうですね、とりあえず彼女はもう要りませんよね」
そう言うと、宮下は次の瞬間苦しみだす。
「彼女の体内に神経毒を入れました。体中がしびれだして時間がたてば心臓が停止します」
宮下は少しずつ動きがなくなり、遂にはぴくりとも動かなくなった。
「さて、彼女が娘の真由に薬を飲ませたところまでは本当です。真由は副作用で人格をなくしてしまったので別人格データをこのICチップに入れました。自分は研究室で生まれて人体を弄ばれた挙句、研究員の監視下に置かれ生活しているというオプションをつけて外に出しました。まあ、それはあなた方に倒されたデッドなんですが」
「…真由の細胞を使って何匹かデッドを作ったのか?それがこの死体だっていうならわからなくもない」
夕凪は真由達の死体の山に目を向けるとそうつぶやいた。
「ご名答です。医学等の知識がなかった為、彼女(宮下)には働いてもらいました。ですがどうも彼女の志向が歪んでいたもので、全滅しましたけど…」
「…目的はなんだ?なんで大量のデッドを作り出そうとした」
「…それは教えられません。言う必要はないかと」
「情報を漏えいしないよう口止めでもされているのか。何をしようとしてるんだお前ら…?」
リリィは拳を構え、少女に向かって距離を縮める。しかし少女は袖の下からカードを取り出すと、突然少女と夕凪たちの間に水の壁がはだかる。
「…今はウルフと手合わせする気はうちらにはないんでね。ここは引かせていただきますよ」
少女は宮下の死体を担ぎ姿を消すと、するとみるみるうちに水がはけていく。
「夕凪ちゃん、ごめん逃がした」
「簡単には捕まらないのは分かっていたし、今回はしょうがないだろ」
夕凪はため息をつくと、スマホをいじり耳にあてた。
「…あ、ラヴィさん?やっぱりあいつらが絡んでた。うん、あいつらが宮下智尋に渡したっていう薬だけど宮下の自室の戸棚に入ってる。回収と分析お願いします」
夕凪は電話を切るのを確認し郁は口を開いた。
「…あいつらって誰だよ。敵はあの化物じゃないのか?あの女の子どう見ても化物には…!」
「私たちをよく思ってない奴らもいるってことだ。あの少女も多分その一人だろうな初めて会ったが」
「あの子以外にも何人かいるってことかよ・・・」
郁は手のひらに嫌な汗を感じた。
「詳しいことは薬の分析が終わってからだ。帰るか」
すたすたと出口に向かう夕凪を追いかけ、郁達も出口に向かう。
「そういえば、ウルフって聞こえたけどさウルフなんてどこにも…」
「それ私だよ。私人狼なんだ。…郁くんさっきはごめんね」
「え」
「私さっき感情が制御できなくて、周り見えなくなっちゃうんだ。恥ずかしいところ見せてごめんさい」
リリィは困ったように笑う。郁は思わず言葉に詰まる。リリィの過去に何があったのかは知らない。ましては今の自分にはどう言葉に表せばよいか迷っていた。
「俺は…今のリリィしか知らないから。今ここに一緒にいるリリィしか。それじゃ、駄目かな?」
「ううん。ありがとう郁くん。よーし、気を取り直してがんばろ~!」
リリィはそういうと夕凪に向かって小走りにかけていき、郁も後を追った。
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