「神隠しみたいですね…」
郁はぽつりとつぶやいた。
「デッドの目撃情報が入った場所に向かった第1支部の隊員達が忽然と姿を消して、連絡が一切取れない。その人達を探しに行った捜索隊の人も戻って来ないらしいよ」
ラヴィはやれやれと言いながら、回転チェアを回し始めた。それを見ていた夕凪はすぐさまラヴィの行動を阻止するとため息をつく。
「それで、こっち(第2支部)にその行方が分からなくなった場所へ行けと。そういうことですか?ラヴィさん」
「んー、まあ、そんな感じ。ちょっと夕凪。手離して、」
「ラヴィさん。ふざけないでください」
「こう、唐突に椅子回したくなるじゃない。ねぇ、二人とも」
「私も時々座ったとき回すよー」
リリィは元気よく同意したが、郁は夕凪の郁に向けた笑顔が恐くて苦笑いしかできなかった。
「今回は二手に分かれて行動してほしい。夕凪とワンコくんには例の場所の調査に行ってほしい」
「私と郁はこの前のデッド(心葉)が言っていた場所の再調査ってことね…」
心葉さんの行動を分析した結果、彼はある特定の女性たちをある場所に集めていたという。アルカナの目的は不明だが、皆、10代から20代前半の女性でデッドと過去接触したことがある。または世の中で言う霊感と云うものがある女性だったらしい。現場に付いたときには大半の女性が亡くなっていた。それも身体中の血を抜かれた状態で。一命を取り止めた女性もいたが錯乱していて、話を聞くことができなかった。念のためノアの箱舟の管理下にある病院に入院している為、アルカラに襲われることは避けられるという。
「それで、第1支部の人間が消えた情報が入った場所には、リリィとユヅルに行ってもらいたいんだけど…」
「やっぱりね。珍しく呼び出されたから嫌な予感したんだ」
声がした方を見ると、脇に作成中のドールの部品を抱えたユヅルがドアを開け、入ってきた。
「今回はユヅルにも出勤してもらおうかと思って。君、部屋にこもりきりのくせに経費使うからって上層部がうるさくてさ」
はははーと笑いながら(被り物をしているため表情は分からないが)ラヴィはユヅルへ顔を向ける。
「…。わかりました。でも、一つ条件があります。夕凪か郁くんと一緒が良いです」
「えー、なんで?ユヅルくん私じゃ不満なの??」
リリィは頬を膨らませながら、ユヅルの方へ歩みよろうとして「あれ?」と言い、立ち止まった。
「わー、動けるようになったんだ」
リリィがユヅルの後に入ってきた少女に視線を向けた。黒い長い黒髪を一つにくくり、服の裾からつなぎ目が見える。
少女はぺこっと可愛らしい笑顔で頭を下げる。
「幼さが残った可愛らしい顔立ちだねー」
リリィが少女の頭をなでると、少女をくすぐったそうに目をつむった。
「あの、彼女…あのときの少女ですよね…?」
ユヅルの部屋に行ったときに足に口づけをされていたドールだが、動いている姿を見た郁は驚きで瞬きを繰り返していた。
「ユヅルは作ったドールに自分の魔力を移して動かすことができるんだ。彼女も連れてくの?」
夕凪の説明で郁は少しだけ今の状況を納得することができた。夕凪の問いにユヅルは首を縦にふる。
「一応。この子は試運転で連れてく予定。前、リリィと一緒に組んだ時壊されたことあるからあんまり嫌だ」
「う、まさか手に取ってデッドに投げたものがユヅルくんのドールちゃんだとはあの時思わなくて…ごめんねユヅルくん」
「…ちょっとまだ傷が癒えない」
「うう…」
リリィはしゅんとうなだれる。
「うーん、それじゃあ、例の場所には夕凪とリリィに行ってもらって。ユヅルとワンコくんで情報が入った場所に行ってもらおうかな」
こんなに早く、ユヅルとペアを組む日が来るとは思っていなかった郁は少しだけ緊張の面持ちでいると、それに気づいた夕凪が郁の背中をぽんと叩く。
「不安そうな顔するな。郁あんたは目の前のものに集中すればいいから。そっちの件は頼んだ」
「…なんかやっぱり夕凪ちゃんって頼りになるね。ありがとう」
「…どういたしまして」
夕凪はふっと笑った。

郁とユヅルは例の第一支部の人間が消えた場所に来ていた。何の変哲もない街の一角の今は使用されていない市民ホールだった。新しく作られた市民ホールは隣町の市民ホールと統合され、すでに多くの市民が利用している。
扉は錆びてはいるが、少し力を加え引くと簡単に開いた。ユヅルが先に入り、そのあとに郁とユヅルのドールが歩みを進めた。
郁はちらっと後ろのドールを見る。
「あの、ユヅルさん。彼女はユヅルさんの魔力によって動いてるんですよね」
「そうだよ。気になる?さっきからずっとドールのことちらちら見てるけど」
「いや、普通の女の子みたいにほほ笑んだりするのであんまりドールっていう感じしなくて…」
「ありがとう。ほめ言葉と受け取るよ。反射的にほほ笑んだりするけど別に感情があったりはしないんだ。まぁ、この子は元々リリィに壊された子の部品を多く使っているからリメーク版なんだけどね」
「そうなんですね。ユヅルさんはいつもドールを使って戦闘されるんですか?」
「うーん、そうだね。僕戦闘あんまり得意じゃないからこの子にはサポートしてもらってるかな」
「そうなんですか。…そういえばユヅルさん魔力を抑えているって言ってましたよね。その、もしお話したくないなら無理には聞きませんが、なぜですか?」
「抑えているというか、閉じ込んでおかないといけないって言った方が正しいかな」
「閉じ込んでおかないといけない…?」
「…少し厄介でね。うーん、説明がちょっと難しくて…ごめんね。」
「いえ、俺もすいません。色々聞いてしまって…」
「別にいいよ。僕も郁くんに興味あるし」
ユヅルは歩みを止め、郁の手を引き寄せ、近くの部屋のドアを開くと、三人は隠れるように部屋に入った。
「…ユヅルさん、どうし、」
「しっ、小さいけど物音がした」
そういえば微かに足音がする。足音はどんどん近づいてくる。郁はドアの隙間から外の様子を伺った。すると聞き覚えのある名前が耳に入ってきた。
「佐伯先輩-!本当に村田はこの建物に入ってたんですってー!」
「まぁ、麻薬の栽培先にはうってつけだわな。千草とりあえず本部に連絡は入れとけ」
「了解しました!!佐伯先輩。俺、ゆとり世代ですけど結構できる後輩じゃありません??」
「はいはい。わかったわかった。千草早く連絡しろ」
「はいっス~」
間違えなく、郁の上司だった佐伯さんだった。千草と呼ばれた20代の男はきっと郁と猿間のいなくなった佐伯班に新しく配属された刑事だろう。郁は声が出そうになったがぐっと抑えた。目尻が少しだけ熱くなる。
「…下手に外に出れそうにないね。大丈夫?うつむいてるけど」
ユヅルは心配そうに郁を見つめる。
「…平気です。昔の上司で…ちょっとだけ悔しくて、」
本当はこのまま佐伯の前に出ていき、狗塚郁は生きています、猿間さんも生きてます。と、言いたかった。でも、きっとこの姿じゃ分かってはくれないだろう。
「千草。お前の手柄かもしれないな。微かだが甘い香りがする。この匂いは多分大麻だ」
そういうと佐伯と千草は建物の奥へ進んでいく。
「…後、追うよ」
ユヅルは郁に声をかけ、静かに二人の後を追う。
甘い匂いが奥に進むにつれ、強さを増していく。前を歩くユヅルが歩みを止める。
「ユヅルさん?」
「リリィを連れてこなくてよかったかもね。とりあえず、この匂い吸い続けない方がいいかもしれない」
そういえば匂いが強くなるにつれ、頭がふらふらと回る。まるで、大量の酒を摂取した後みたいな。
「…うっ」
小さな唸り声が聞こえた。
佐伯が壁にうなだれていた。
「っ、大丈夫ですか?」
郁はとっさに佐伯に近付く。佐伯の顔を見ると眉間にしわをよせ、熱っぽい顔をしている。
「…だれだ?」
佐伯は薄く目を開け、郁を見る。
「…あ、おれは」
口ごもる郁を見てユヅルは間に割って入る。
「すいません。近くの大学のオカルト部員でして、こちらの使われていない施設でツチノコの目撃情報がありまして、偶然鍵が開いていたもので入ってしまいました」
「オカルト部…?悪いがここは一般人が入っていいところじゃ…っ」
佐伯は苦しそうに頭を押える。
「苦しそうですね刑事さん。今から救急車呼びますので」
「いや、俺は大丈夫だ…っ、」
「大丈夫じゃないです。佐伯さん動かないでください」
「…なんで、俺の名前を君が知ってるんだ?」
「あっ…、えと、警察手帳ポケットから落ちていたもので、拾ったときに…」
郁は咄嗟に、佐伯の近くに落ちていた警察手帳を拾い、佐伯に差し出す。
「…そうか、すまない」
佐伯は警察手帳を受け取ると、胸ポケットにしまう。
「奥に俺の部下がいるはずなんだ、あいつ…急に走りだして…っ」
「とりあえず、貴方はここでじっとしていてください」
ユヅルはそう言うと、佐伯の瞼を手で覆う。すると、佐伯は力なく壁の方に倒れた。
「彼に僕の魔力を当てて、気絶させた。先急ぐよ郁くん」
「はい」
ユヅルと郁は先を急いだ。どんどん匂いが強くなり、微かに歌が聞こえる。
ホール奥の扉を引くと、異様な光景が飛び込んできた。

高く積み上げられた椅子、椅子、椅子。そして男、男、男。10代~40代と幅広い。男たちは皆虚ろな目をし、立っていた。
そしてその中心に一人の女性が積み上げられた椅子の上で木霊すように歌を奏でる。
美しい褐色の肌に長くきらめく銀髪。首から垂れる十字架のネックレスが微かな光に反射し、キラキラ光る。
「…あら?正気でいられる人なんて初めて見たわ」
彼女は郁達に気づくと、歌を止め、こちらに微笑む。
「でも、小柄な黒髪の坊やはちょっとふらついてるかしら?」
くすくす彼女は笑うと、すっと表情を変える。
「私の魅力にひれ伏さない奴なんて考えられない。侮辱された気持ちよ…」
彼女は郁達を指さすと、虚ろな目でいた男達が一斉に郁達の方を向く。
「後悔させてあげるわ」
その言葉を合図に男達は郁達に向かって襲い掛かって来た。よく見ると行方不明になっていた第一支部の人間やその人達を探しに行った隊員達もいる。
郁は攻撃を避けることしかできなかった。
「皆さん正気に戻ってください!」
郁の言葉に耳を傾けることなく、隊員たちはどんどん攻撃仕掛けられる。
「っ、くそっ、どうすれば…」
銃弾が郁の右脚を貫き、郁はバランスを崩してしまい床に倒れてしまった。頭上に影が落ちる上を向くとサバイバルナイフのような鋭いナイフを郁に振りかざそうとしている隊員がいた。
「あ、」
スローモーションの様に隊員の顔が見える。虚ろい目をしているが微かに声が聞こえる。
「…たす、けて…くれ」
ゴッと鈍い音がし、郁の前にいた隊員が倒れる。
「大丈夫?」
ユヅルが手を差し伸べ、郁は体を起こした。起き上がると鉄パイプを振り回し次々と隊員達をなぎ倒すユヅルのドール。四方から男達が襲い掛かるが、上手く攻撃を避け確実に攻撃を与えている。
「僕のドールすごいでしょう?まぁ、この動きは夕凪を参考にしたんだけどね。刀じゃなくて鉄パイプだけど」
「あの、彼ら…」
「うん?大丈夫。気絶させてるだけだから。郁くん撃ったさっきの若い刑事くんも気絶させといたよ」
周りの男達を全員倒すとドールはユヅルの元に駆け寄った。ユヅルはドールの頭を撫でると満足そうにドールはほほ笑む。
彼女は唖然と周りを見渡すと拳を震わせる。
「思い出したわ貴方。その眼鏡の奥のムカつくつり目とあの女のイヤリング…貴方、ノアの箱舟の魔女ね。それじゃあ黒髪の坊やもお仲間ってわけね」
「なにを企んでたかは知らないけど、色欲の悪魔アンタには聞きたいことが山ほどあるんだ。大人しく…」
「…魔女?」
天井からシスター姿の少女が郁達の目の前に降りてきた。
「君、あのときの…!」
宮下の研究所で郁達の前に現れた。
「…イヴさん。この人ですか?あの魔女はこの人ですか?」
少女はユヅルを指さし、イヴと呼ばれた色欲の悪魔に問いかける。少女は研究所で会ったときとは違い、言葉に緊張感が混じっているように聞こえた。
イヴは少し考えるような顔をした後、にこっと笑った。
「そうよ。貴女の探してた魔女よ」
「…そうですか」
少女は指を指していた手を下すと、次の瞬間袖の中からカードを取り出す。一瞬にして少女の前に大量の水が現れ、大きな黒い波を作ると猛スピードでユヅルに向かって襲い掛かる。その隙にイヴは郁達が入ってきたドアとは違う向かい側にあるドアからホールの外へ出ていった。
「ユヅルさん!!」
「面白い魔術使う子だな…。でも、攻撃に集中してると背後取られるよ?」
そうユヅルは言うと、郁の脇を抱きかかえると、波の来ない場所まで移動した。同時にユヅルのドールは鉄パイプを少女の背後から振りかざし、攻撃を加えようとしたが少女は上手く避け、袖からカードを取り出すとドールの胸に突き刺した。
すると、刺さった箇所からだんだんと黒い模様が広がっていき、ドールの動きが鈍くなる。
「…砂鉄か。そのカード興味深いね。微量だけど魔力感じるし」
「…か、さん」
少女は何かつぶやいたが、声が聞き取れない。
「…あの子の事は僕に任せて郁くんはあの色欲の悪魔からできるだけ情報を聞き出してくれ。正直捕まえるのは一人だと厳しいと思うから」
「そんなに強いんですか…?彼女」
「…厄介なのは間違いないよ。あの女は。僕でも一人で勝てる気がしないよ…頼むよ郁くん」
「でもユヅルさん戦うと言っても、ユヅルさん武器なんて…!」
「心配しないで。とりあえず最低限の魔法なら使えるからさ」
そう言うと、ユヅルは小さく何かをつぶやくと先ほど少女が放った水が渦の様にユヅルの方に集まる。
「初歩中の初歩だけど、君のこと拘束させてもらうね?」
渦を巻いた水はユヅルの指の動きに沿って、動くと少女に向かってナイフのように鋭く飛んでいく。少女も袖からカードを取り出そうとしたが間に合わず、両足、両腕に攻撃を受け、崩れ落ちた。
扉から出て行く郁から見ても、魔力の質が違うと一瞬で感じた。ユヅルは少女に近付くと少女の腕を取り、引き上げる。
少女はユヅルを睨みつけ、にやっと笑った。
「っ?」
ユヅルは少女を離すと、フラッとよろめき、後ろに下がる。
「…貴方気づいてなかったでしょうが、水の中に小さい毒蛇を紛れ込ませておきました。本当はさっきの攻撃で蛇たちに噛ませるつもりでしたが好都合でした」
少女はさっきまでのが嘘のように立ち上がると、ほこりを手で払い、袖からカードを取り出す。
「…お兄さんをなめないでもらえるかな?背後には気をつけないとね?」
「は…?げっほっ…!」
背後からユヅルのドールが少女の背中に勢いよく鉄パイプを振りかざすと少女はその衝撃で倒れ込んだ。
「同時進行は疲れたな…ドールに付いた砂鉄の分解。水の中にいた米粒くらいの蛇の除去。あと、彼女に気づかせないための演技。もう魔力あんまり残ってないよ、はぁ…、それにしても面白い子だな普通の人間に見えるけどあれほど魔術を扱えるなんて」
ユヅルは少女の近くに散らばるカードを手に取る、カードには「The Hermit」と書かれていて、暗闇のなかで杖を持った老人が明るいランプで闇を照らしている絵が描かれている。
「タロットカードか…」
ユヅルは散らばる他のカードを見たが、タロットカードはその一枚しかなかった。他のカードは女性が湖の水を壺に移し替える姿と水蛇の絵が描かれているものや、片手ずつに黒い砂と白い砂を持った少年の絵が描かれている絵や、太陽に向かう大きな鳥の絵が描かれたカードがあった。The Watery・The Earthy・The fireyとそれぞれ書かれている。
「触らないでください…」
少女は弱弱しく顔を上げる。ユヅルはふぅと息を吐く。
「…君、さっきの子じゃないね。君は誰だい?」
「…私は、」
少女の言葉を遮るように大量の医療用のメスが頭上から降ってくると少女とユヅルの間に壁を作った。
「えらい派手にやったなー、藍ちゃん」
白衣を纏った長身の男は地面に降り立つと、少女の腕を持ち上げ自分の肩に抱える。
「可愛い顔がボロボロやんけ。帰ったら手当せんとなー…」
「っ、世檡さんの指示ですか…?」
「そうそう。ほな、帰るで~」
男はうんうん、と頷くと次にユヅルの方を向く。
「あんさん、ノアの箱舟の魔術師でっしゃろ?」
男は狐みたいな細い目で笑う。
「…あんたは知らない顔だな」
「僕の顔見た人死んどるもん。知らなくてもしょうがないよ。僕、今日は戦いしに来よったわけやないからそない怖い顔せんでよ。…そうそう、あんさんのドールちゃんかわええね。僕と話が合いそう」
「…それはどうも」
「それやあ、またね」
男はひらひらと手を振ると、現れたドアへと少女を抱えたまま消えていった。扉が閉まると同時にユヅルは床に倒れ込む。
「はぁー…、ちょっとは体力つけないとな。もう動けそうにない。とりあえずラヴィさんに連絡して夕凪達呼んでもらおう…」

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・

「待て!!」
郁は廊下を駆ける。幸いこの建物の構造は分かっているため彼女を見失うことはなかった。建物は薄暗いのもあるが詳しくも知らない彼女にとっては進む先が行き止まりかなど分からない。
案の定彼女は行き止まりに差し掛かってしまい観念するように立ち止まった。
「はあ、追いかけっこは坊やの勝ちね。ちょっと興奮しちゃったわ。男に追いかけられるなんて久しぶりだったし。いいわよ特別に聞きたいこと二つだけ答えてあげる」
彼女を改めてみるとやはり綺麗な人だと思う。胸は、うん、リリィよりもデカいと思う。流石色欲の悪魔だと思う。と郁は思った。
「ふふっ、じろじろ見てスケベなのね。まあ、私は世檡様しか興味ないけど。昔の私だったら坊やと一回くらい交わしてもよかったかもね?」
「…」
「ふふ、冗談よ。自己紹介まだだったわね?私は色欲の悪魔イヴよ。坊やは?」
「…郁です」
「ふーん。さあ、私の気が変わらない内に聞き出してみたら?シャイな坊や」
「男の人達を集めた目的は?皆さん操られてるみたいに様子がおかしかったですし」
イヴは指で自分の髪をくるくると触ると、口を開く。
「色欲の悪魔ですもの。私のフェロモンに当てられた男は皆私の操り人形になってくれるわ。例外はいるけどね。結婚して愛が残ってる男とかは体は乗っ取れても意識は駄目。まあ、操れるから関係ないけどね」
「…操ってどうするつもりだったんですか?」
「強制的にデッドにするつもりだったわ。デッドというより食欲を持たない骸みたい存在ね。私の可愛い召使にしようと思ったのに失敗だわ。4回目にして失敗。長居するべきじゃなかったわね」
「4回目?ってことは、あの人達の他にもいるってことですか?!どこにいるんですかその人達は!」
彼女は唇に人差し指を立てると、にこっと笑った。
「坊や。質問は2個だけよ?今の質問は答えられないわ」
「…っ!」
彼女は郁に背を向けると、壁に手を置く。するとあの時教会で見たことがある扉が現れる。
「今日は坊やとおしゃべりできて楽しかったわ、また会いましょうね?…あのムカつく魔女にもよろしく言っておいて?」
扉は開き、彼女は吸い込まれるように消えていった。
ポケットのスマホが鳴り、郁は端末を耳にあてる。ラヴィからだ。
『ユヅルから聞いたよ、お疲れ様ワンコくん。入口には救急車とパトカーと警察の人達がいっぱいだから裏口から帰っておいで。ユヅルは回収済みだから』
「…はい。あのラヴィさん。ちょっとだけもう一度会っておきたい人がいて…」
『…わかった。気を付けてね』
「ありがとうございます」
郁は電話を切ると、来た道に戻る。
佐伯は救急隊員に支えられ、救急車に乗るところだった。佐伯は郁に気づき、救急隊員に御礼を言うと郁に近付く。
「…ツチノコ見つかったか?」
「…いえ、やっぱり嘘の目撃情報だったみたいです」
ははっと郁は笑うと、頬をつねられる。
「…え、あの刑事さん?」
「その無理して笑顔作るところそっくりだな。ワンコに」
郁はドキリとした。手に変な汗をかく。
「時々そんな顔するんだよ。新人で常に周りに気使って時々無理してんじゃないかって北村と一緒に心配してたっけな…」
佐伯は郁の頭をぽんぽんと優しく撫でる。
「悪い、部下に似ててな。すまん嫌な気持ちしたか?」
佐伯は申し訳なさそうな顔をすると、郁の頭から手を離そうとする。郁は咄嗟に佐伯の手を取ると、自分の頭に手を置く。
「…嫌じゃないです!俺は、そ、その人じゃないけど…!!佐伯さんに撫でられるの嫌じゃないです!!」
郁はぐっと涙を引っ込めると、佐伯の瞳を見る。
「…はは、なんか元気出たわ。ありがとな坊主」
佐伯は笑うと、郁の頭をさっきよりも強く撫でると、じゃあな。といって行ってしまった。
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。