「あらら、切られてしもたわ」
ジキルは残念そうにため息をつくと、グッと背伸びをした。
「・・・・」
「…相変わらず無口やなぁ。エンマくんは」
エンマはジキルの方へ一瞬視線を向けるが、すぐに興味なさそうに視線を外した。
「そういえば今日は世釋様と一緒におらへんやなぁ。めずらしいわー」

「…世釋は朝からどこかに出掛けてる」
「わぁ、初めて声聞いた気がするわ。どエライハスキーボイスだね。僕、いっぺんエンマくんと二人っきりで話してみたかったんや~」
ジキルはわざとらしく驚いた顔をした。
「・・・・」
ジキルはちょいちょいと手招きをすると、エンマは少し躊躇したがしつこく手招きをするジキルに渋々と側に近付く。
「ほら一応同じ目的を持つ協力者として仲を深めたいなぁと。僕と君は見た目的には年長組みたいな感じだし」
「…年長組」
「ものの例えとしてなぁ。藍ちゃんとニアくんは年少組で、世釋様は年中組みたいな。あ、ビッチ女は論外でなー」
ジキルはケラケラと笑う。
「…何が切られたんだ。さっき」
話を逸らすようにエンマはジキルに話をふる。ジキルはつまらなさそうに肩をすくめる。
「あー…ちょっとした盗聴?でも、やっぱりそう簡単にはいかなかったわぁ」
「…」
「…エンマくんは興味ないん?自分の正体とか…例えば、あの子との関係とかさ」
「あの子…?」
ジキルは面白そうににたぁと笑う。
「エンマくんと似た…」
「ジキル」
後ろから静かに名前を呼ぶ声に、ジキルは発しようとした言葉を飲み込んだ。
「…おかえりなさい世釋様。もう、いきなり後ろに立たないでおくんなはれービックリしましたわぁ」
「はは、ごめんごめん。楽しそうに二人で話してたからね。声をかけるタイミングがつかめなかったんだよ」
表情は笑顔だが目が笑っていないことはすぐにわかった。
「…ホンマ、恐いお人やわ。あ、先に謝りまへんと。薬の効果は抜群なんやけど、早い段階で対策たてられそうかもですわー」
「そう。でも、十分失った数は達成できたから良いと思うよ?ジキルに任せて本当によかったよ。…何か欲しいものあるなら用意するよ?」
「それは何でもええんでしゃろうか?それなら僕欲しいものあるんですわぁー」
ジキルは世釋に耳打ちすると、世釋はにこりとほほ笑むと頷いた。
「それなら、その近くにニア達が行ってるから持ってきてもらうよ」
「ホンマおおきに世釋様。さてと、僕は少し休ませて頂きますわー」
そう言うと、ジキルは部屋を出ていった。
「…エンマ」
「…はい」
エンマは手で頭を押え、眉間に皺を寄せていた。
「エンマちょっとしゃがんで。君は背が高いからこのままだと僕の腕が痛くなる」
少ししゃがんだエンマに世釋は抱き着いた。そして頭を優しく撫でる。
「…エンマは何も思い出さなくていい。君は僕のモノだ。僕だけの側にいて僕だけを見てればいい…いいね?」
「…」
世釋は愛おしそうに微笑んだ。


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

ガタンゴトンと汽車が音を立てる。窓を開けると心地よい風が室内に入ってきた。
郁達はリリィと東雲が育った施設へ向かっていた。向かい側に座る夕凪は先ほどから手を握ったり閉じたりと動作を繰り返している。
「夕凪ちゃんなんか落ち着いてないね」
「いや、私は十分落ち着いてる。只、アルカラのジキルと戦った時に腕を細かく切り刻まれてな。見た目は再生できたが感覚がまだあんまり戻って来てない気がしてな」
「え、なんて?」
「?だから、感覚がまだ戻ってきて…」
「いやいや、切り刻まれたって…」
「…ああ、ミンチよりは細かくはないよ」
「はぁ?いや、細かさの限度じゃなくて…!!大丈夫なのそれって…」
夕凪は呆れたように首を傾げると、ため息をついた。
「別に腕を切り刻まれたぐらいで死なないし、お前も体感しただろう?吸血鬼は再生能力が高いんだ。程度によっては時間はかかるけど…」
「一応夕凪ちゃんは女の子なんだから傷作ったらお嫁に…いや、うん」
「…大きなお世話だし、それにそんなこと気にしてたら殺られるだろうが。あ、見えてきた」
そう言うと、郁も窓の外に視線を向けると、西洋風の建物が見えてきた。
「夕凪さん、郁さん。駅に着いたら少し歩くと思いますが大丈夫ですか?」
後ろに座っていた東雲が顔を出した。
「一回来たことがあるからな道は覚えてる。東雲はどうするんだ」
「俺は先に向かいます。見張りの方に説明しないとですし…」
そう言っているうちに汽車はゆっくりとスピードを下げ、目的の駅へ止まった。
「では、先に行っています」
東雲はそういうと同時に上着の脱ぐと背中に翼のようなタトゥーが現れる。それはみるみる内に綺麗な黒い翼になった。
バサッと翼が動くと、風が起こり東雲の足が浮く。
「本当にリリィが言ってたような綺麗な翼だな…」
郁はぽつりと呟いた。東雲は唇を噛むと、翼を動かし施設の方へ飛んで行ってしまった。
「私達も行くか。…どうした、難しそうな顔して」
「いや、東雲くんってリリィを嫌っているような感じがなんかしないんだよな。もっと、違う感じがするっていうか…」
「…お前が変な推測しても仕方ないだろうが。2日しかないんだ汽車で一日も使ったんだからな」
夕凪は郁の服をグイグイと引っ張る。よっぽど早く向かいたいようだった。
「……夕凪ちゃんって時々可愛いよね」
「…はぁ?良いから早く行くぞ」
夕凪バッと前を向くと、早歩きで進んでいった。耳まで真っ赤にした夕凪を見て郁はふっと笑った。

だいぶ歩いたと思う。予想していた以上の距離に郁ははぁーと深いため息をついた。
入口には東雲と第一支部の人だろうか話し込んでいるように見える。東雲は郁達に気づくと話を中断し、近づいてきた。
「すいません。七瀬さんが話を通していただいた方がまだいらっしゃってないようでして他の隊員の方達に事が伝わってないようでした。一応確認を取っていただいているところなんですが…」
「そうか。…東雲確認取れたようだぞ」
第一支部の隊員は電話相手とまだ何か話しているようだが、もう一人の隊員が口パクパクさせ「大丈夫です」と言っているようだった。
「あ、そのようですね。じゃあ、行きましょうか」
郁は改めて建物の外観を見た。赤茶色のレンガには蔦が絡まっている。門が開き郁達は建物の中に入るが、昼間にも関わらず薄暗く不気味が悪い。誰かの忘れ物だろうか可愛らしいウサギのぬいぐるみが転がっている。
「夕凪さん。書籍があるのは階段を上がった奥の部屋です。入口にmotherと書いてあるのですぐにわかると思いますよ。俺はまだ調べてない下の階を見ますので」
「わかったありがとう」
夕凪と郁は階段を上がっていく、第一支部の隊員が後ろについてきている。
東雲を見ると先ほどまで電話をしていた隊員の人がついていた。郁の視線に気づいたのか隊員は口を開ける。
「大丈夫ですよ。こちらも指示が出ているものでお調べものの邪魔にはなりませんので」
「いや、ごめんなさい。悪気はないんです。あ、でも大丈夫なんですか外に誰か居なくても…」
「心配しなくても大丈夫です。さっき遅れてきた者が到着してますので、こちらこそすいません伝達ミスでお手間をおかけしましたね…あ、私第一支部の青柳と申します。第二支部の狗塚さんですよね。よろしくお願いしますね」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。青柳さん」
夕凪は足を止めると、motherと文字が彫られているドアを開けた。
室内はカーテンが閉められており、隙間からの光が微かに漏れ出していた。アンティーク調の机と椅子や分厚い本が入る棚は当時のまま保管されていると青柳は郁に説明してくれた。
「これはすごい量だな…東雲にどの資料か先に聞いておけばよかったな…」 
「俺聞いてこようか?東雲くんに」
「いや、私が聞いてくるから良い…」
「…もしでしたら私が探しましょうか?」
青柳はおそるおそる手を上げる。夕凪は一度本棚を見渡すと青柳の方へ視線を向ける。
「…ジキル博士が調べていた物はある?」
青柳は少し考える顔をしたが、「確かこちらかと…」と1冊の本を取り出した。夕凪は受け取るとパラパラとページをめくる。
郁も横から覗くとびっしりと文字が書かれており所々に赤ペンでメモ書きがされている。
「吸血鬼…エリーゼの記録か。…この先はやぶれと血で貼りついて見えないな。東雲が言っていたことも書いてある。これで間違いはないようね」
「良かったですお役に立てて…」
青柳は嬉しそうに微笑む。夕凪はパタンと本を閉じるとじっと入口の傍に立つ青柳を見つめる。
「…なんで分かった」
「はい…?何のことでしょう」
郁もはっと気づき、さっと夕凪の前に立つ。夕凪は「邪魔だから前に出なくていいから」と言ったので、郁はもとの位置に戻った。
「なんでジキル博士が調べていた物と言ってすぐにこの本だとわかった?」
「…」
「それにここは何度も入れる場所じゃない。私達でも許可されて二日間だけしか時間がもらえなかったしね。警備してるって言ってもこの本の内容を覚えるほど出入り出来るとは思えない」
青柳はふうとため息をつくと、にこりと笑った。すると、部屋の扉が何かの力により勢いよくバタンと音をたて閉まり室内はさらに暗くなる。
「私は少し演技というものが下手なのかもしれませんね…ごきげんよう、ノアの箱舟さん」
掛けられた声に夕凪と郁は身構える。青柳は自身の髪を一括りにサイドに縛ると着ていた隊服を脱ぎ身なりを整える。
長いサイドポニー、隠した片目。その容姿には覚えがあった。宮下の研究室そして色欲の悪魔イヴと対峙した際にいたあの少女だった。
「―どうしてここにいる。アルカラ」
夕凪は少女に容赦ない殺気を向ける。
「うん、ごめんなさい。事を構える気はないっていうか…こないだは妹が失礼したみたいだから、謝りに来たの。…あの人はいないようだけど」
「……妹?」
よく見れば少女は先日のような冷酷な目をしていない。それどころは隠している目が逆だった。翡翠色の瞳が鈍く光る。
夕凪はそれに気づいているのかじっと少女を観察するように見つめる。手はいつでも日本刀をぬけるように柄に触れているようだった。
「…そう、私は朱。妹は藍。肉体同一の双子よ」
朱と名乗った少女はまるでこの争いを知らないかのように朗らかに笑った。


・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「ふう、これで一応は安心かな…?」
ラヴィはベットの横の椅子に腰かけた。奈々の寝息は先ほどよりも落ち着きを取り戻している。
「…君にまた助けられてしまったねエリーゼ…会いたいな …ははっ」
バーンと音がすると病室の扉が室内に飛んできた。
「…はあ、まさかと思って急いで駆け付けたら久しぶりに見たな。お前のその顔」
すると、一人の青年が眉を寄せながら入ってきた。
癖が多い天パに普段より整えているのか不快には思わないほどの無精髭。仄かに煙草の匂いがする。ラヴィはその人物も見ると頬を膨らませた。
「雨宮。やめてよ扉壊すのさー。あと、ここ病室だから病人寝てるでしょう?今回は修理代雨宮のところで持ってよね…僕嫌だからね」
雨宮と呼ばれた青年はラヴィに近付くと唇が触れるくらいの距離に近付いた。
「……何さ」
「会いたいって言うから会いに来た。心臓が煩いんだよお前に会いたいってね」
「……それ、からかってるなら僕許さないよ?雨宮」
ラヴィは雨宮を睨みつけた。
「はあ、悪かったよ調子乗りすぎた。でも、心臓が煩くなったのは本当だよ。お前が血を大量に使ったからな…共鳴したんだよこっちも」
雨宮は自身の胸を指さす。ラヴィはふうと息を吐くとウサギの面に手を伸ばした。
「…もう着けるのか」
「うん、落ち着かないんだ。これ着けてないと」
ラヴィはそう言うと、面をつけ立ち上がったり歩きだそうとするがふらっと体勢を崩し奈々の眠る方へ倒れそうになった。雨宮に腕を引き寄せられ雨宮の胸にすっぽりと収まった。
「血を使ったってのもあるけど、その面付けたら少し動くな。視界が定まってないだろう…」
「ははっ、久しぶり過ぎて忘れてた。…心臓動いてるね」
「贄は?」
「贄って…正直他の子達にはお願いしたくないんだよね。だから雨宮が来てくれて良かったかも。吸っても言いわけ?雨宮」
「どうぞお好きに?元々お前専用の贄ですからね」
「…本当なんで雨宮なのかな」
雨宮はラヴィを抱きかかえると先ほどまでラヴィが腰かけていた椅子に座る。そして自身の首筋を差し出した。
「男二人のこの絵図は純粋な少女には目に毒かな…」
「今のお前の姿ならセーフじゃない?それより彼女の毒どうなったんだ?」
「摘出した。生命維持に必要な分は残したけど増殖はしないように無力化はしてあるから大丈夫だと思う。彼女から摘出した毒で解毒剤を作ればジキル博士…アルカラに対抗できると思う。上が動くかは分からないけど」
「大丈夫でしょう。そういうことは俺が大体任されてるし、俺の部下に言えば最低でも一週間後には作れる」
ラヴィは首筋に歯をたてると、肉がプツンと刺さる音がした。
「丁度薬に詳しい青柳っていう部下が非番なんだ。持っていけばすぐに取り掛かってくれるだろうから…痛い痛い、強く噛むな」
「うーん…」
奈々が眉を寄せ、姿態を動かすがまだ起きてはいないようだった。
「…七瀬から頼まれてあの施設に行く手前で怠惰の悪魔のおチビとシスター服の少女に会った。どっちも相手にはならなかったけど…心臓を奪いに来たんだと思う」
「……」
「最近になって焦ってるのかアルカラの動きが目立つようになった気がする。お前も気を付けた方が良い」
「…………ありがとう、だいぶ落ち着いた」
ラヴィは首筋から離れると、口元を拭った。
「それで施設には行かずに戻ってきたの?うちの可愛い部下たちほったらかして…」
「あっちにいる俺の部下たちには連絡はしてある」
「…」
「あ、そうだ。そのアルカラのシスター服の子あの人と同じ瞳の色してたんだ片目だけ。それに見られた瞬間一瞬だけ心臓が反応したから間違いないよ」
「……瞳はもうアルカラの手の中か。色欲の悪魔がすでに奪っていたってことだね…」
「それかあの少女が元々所有していたか。だな」
「そしたら、あの時ユヅルの他に生還者が居たってことになるじゃないか…」
「そうだな。でもそれはあり得ない。あの場所にはユヅルしかいなかったのは、ラヴィお前が一番知ってるだろうからな。だから、只の可能性の話だよ」
「……」
その後七瀬が息を切らして部屋に入って来たため、雨宮は入れ替わるように部屋を出ていった。

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-

「双子って…肉体同一ってことは二重人格?」
郁の問いに少女は後ろに手を組みながら、遠くの方を見つめる動作をした。
「二重人格…解離型性同一性障害というなら、違うと思う。私達は生まれて自我が芽生える前からこうだった。藍が眠っている間なら私一人でこうやって体を使えるけど、藍が起きてたら右半身しか私のものじゃないのと、言ってもそのときでも体の主導権は妹の藍の方だけどね。不思議でしょう?…そうね、貴方達と初めて対峙したときは私は眠っていたから妹が独断で動いていたけど」
「お前の話が本当だったしても、今眠っているっていう少女と目的は一緒なんだろう?」
夕凪は今にも刀を貫きそうな勢いだった。
「ですから、私は今日は事を構える気はないんですよ。…ノアの箱舟さんは無害な少女にも手を上げるんですか?」
「……」
「…夕凪ちゃん。とりあえず今は柄から手を離そう?多分今の彼女は大丈夫だと思う」
郁は夕凪を落ち着かせようと促した。夕凪は渋々と手を離すと、腕を組みため息をついた。
「…それで、ノアの箱舟の隊員のふりをして近付いて来たのはなんだ?ただ謝りにきただけじゃないだろう」
「ああ、もしかして下の階の隊員も疑っていますか?大丈夫ですあっちは本物です。…そうですね、これは私個人の気まぐれで貴方達にお教えすることなんですが【ウォッカ】という村は知っていますか?」
「【ウォッカ】?」
「そこに白い魔女が住んでいた家があります。その地下に今貴方が持っている最古最強の吸血鬼エリーゼの記録が書き写されたものがあります」
「複製があったのか…どうして、それを教えてくれる?」
少女は自身の胸に手を当てると、ふっと笑う。
「…傍観し続けるのも流石に飽きたので、次の段階に進みたいだけです。それじゃあ、そろそろ起きそうだから私は戻ります…それじゃあ、また会えたら良いですね」
少女はそう言うと、ドロドロと形が崩れていく。少女のいた場所には泥の塊が残った。
「…ふう、実体は何処か違う場所か…」
「そうみたいだね。これも彼女の能力なのかな…?」
「ユヅルがあの少女は面白い魔術を使うって言ってた。回収したカードと同様のモノだろうな」
ユヅルが少女から回収したカードは魔女のユヅルでさえも使えないものだったと、ユヅル本人から聞いた。ユヅルの魔力とは違う質の魔力でそれを話していたユヅルの顔色が暗かったのは今でもはっきりと覚えていた。
「夕凪さん、郁さん」
ドアが開くと、東雲が顔を出した。
「東雲くん」
「お二人部屋から出て来ないので、本の下敷きになってるんじゃないかと心配しました。あ、見つけたんですか?」
「ああ。でも、もっと有力な情報は手に入れた。…罠とは思いたくないけどね」
「俺も下の階を調べてみたんですが、ジキルやアルカラに関するものはなかったです」
そう言うが東雲は少し浮かない顔をしており、手には何かが入っている袋を持っていた。
「…東雲くんその袋何が入っているの?」
郁が指さし、東雲はああ、っと視線を袋に下す。
「…小さな頃の私物です。下の階は談話室だったので…俺もまさか見つかるとは思いませんでした」
それは画用紙に描かれた子供の絵と一枚の写真だった。黒髪の少年とツインテールの少女そして少し大人っぽい白髪の少年だった。三人とも笑顔で手をつないでいる。写真は当時この場所にいた子ども達の集合写真だろうか。
「……これって小さい頃の東雲くんとリリィだよね?」
「…違いますよ。リリィの方はこっちです」
東雲が写真の人物を指さす。郁は目を疑い、ゴシゴシと目をこする。
指を指した先の人物は今のリリィとは雰囲気がまるで違った。髪は男の子の様にベリーショートで、絆創膏が顔のそこら中に貼っている。
「ええっ!この子がリリィ…全然想像できないんだけど…」
リリィはふわふわふかふかしてる本当に可愛い女の子なのでこの人物との同一のイメージが持てず、郁は混乱した。
「……リリィとはよく取っ組み合いの喧嘩をしていたので、お互い新しい傷を作っては…ユキ兄に怒られてました」
「…」
じっと郁は写真を見つめる。本当に写真に写る子供達は幸せそうな笑顔をしている。東雲は写真と絵をしまうと、階段の方へ体勢を向ける。
「……大半の子供達は、もういませんけどね」
そうぽつりと呟くと、歩き出した。郁達もつづいて階段を下りた。

窓際に座り、少女は夜空を見ていた。ここは夜しかない。ずっと景色は変わらないのだ。
「ん~…、僕、どのくらい寝てたんだろう?体中痛い…」
ニアはベッドから起き上がると、ぐっと背伸びをした。
「おはようニアくん」
少女はニアの方へ顔を向けると、にこりと笑った。
「藍お姉ちゃん!!……じゃないね。朱ちゃんか…」
ニアは不機嫌そうに顔を歪めると、ため息をついた。そんなニアを見て朱はくすくす笑った。
「藍はまだ起きないわ。残念だったね?」
「……帰って来たんだ。それにしても失敗しちゃったなー僕じゃあの人には勝てないよう!!世釋様も無茶なこと言うんだもん」
ぷぅーとニアは頬を膨らませる。ふよふよっとニアの横に獏のぬいぐるみが近づいた。
「でも、もう一つは成功したからそんなに怒られないよね?よしよーしパぺちゃん、ジキルくんのところ飛んでけぇー」
ニアがそう言うと、獏のぬいぐるみは部屋を出ていきジキルがいるであろう方向へ飛んで行った。
「それで、藍お姉ちゃんはいつ起きるの?」
「さあ?もう少しかもしれないし、一生目覚めないかもね?」
「…朱ちゃん嫌ーい!」
「ははっ、ニアくんをからかうのが本当に面白い。心配しなくても大丈夫よ。そろそろ起きるよ…」
そう言うと、朱は目を閉じた。 
「………おはよう、藍お姉ちゃん」
「…ニアくん、おはよう」
ニアは満面な笑顔を向けると、ベッドから降り藍の側に駆け寄った。

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